昭和36年 3月15日 |
大谷信男(現会長)が福岡市博多区にて銀分析精錬ならびに売買を始める。 |
昭和40年 1月18日 |
現住所に移転。資本金115万円にて有限会社大谷化学工業所とする。 |
昭和44年 1月18日 |
資本金300万円にて大谷化学工業株式会社に改組。 |
昭和46年 12月1日 |
社会問題となっている公害防止に取り組み、写真工業廃液の焼却分解装置を開発。施設受理番号1084にて受理される。 |
昭和48年 6月27日 |
福岡県産業廃棄物処理業許可
59号にて処理業の許可を受ける。 |
昭和50年 2月20日 |
資本金を1000万円に増資する。 |
昭和52年 3月31日 |
銀回収装置の実用新案を第1166113号、第1166114号にて登録を受ける。 |
昭和53年 11月23日 |
電気接点素材加工部門を事業拡張のため分離し、溶解電気接点の製造販売を業務とするダイシン精工株式会社を資本金1千万円にて設立。 |
昭和54年 2月1日 |
産業廃棄物ならび電気接点材料研究室を設立。 |
昭和63年 1月21日 |
福岡県産業廃棄物処理業許可第1162号を受理。社会的問題になっている医療系廃棄物の処理専用ボックスを開発、販売開始する。 |
| 平成3年10月 |
感染性廃注射器処理台を実用新案登録第1867711号にて登録。 |
| 平成3年12月 |
感染性廃注射器類廃棄ボックスを実用新案第1877634号にて登録。 |
平成5年 3月1日 |
組織の変更、代表取締役を1名増員。創業者である大谷信男を代表取締役会長とし、新たに代表取締役社長として梅田佳暉が就任する。 |
平成5年 7月30日 |
特別管理産業廃棄物福岡県処分業および福岡県収集運搬業の許可を取得する。 |
| 平成5年10月 |
(社)福岡県産業廃棄物協会医療部会長に就任する。 |
| 平成6年4月 |
(社)福岡県産業廃棄物協会副会長に就任する。 |
| 平成7年11月 |
(社)全国産業廃棄物連合会九州沖縄地域協議会部会長に就任する。 |